リサーチトピック
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【FIBER】杉本所長らが細胞内のDNA二重鎖の形成を高精度に予測する手法の開発に成功
2020/08/26
このたび、甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)の杉本直己 所長・教授、高橋俊太郎 准教授、GHOSH Saptarshi特別研究員(JSPS外国人特別研究員)らの研究グループは、分子夾雑環境にある細胞内のDNA二重鎖構造の安定性を高精度に予測する手法を開発しました。この研究成果によって、DNA二重鎖形成を利用したPCR等の遺伝子検査の精度を飛躍的に向上できる可能性があります。この研究成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)誌」で発表されました。
新型コロナウイルス等のウイルス検査では、PCR反応とよばれる手法が用いられます。これにより、ウイルスにとって固有である遺伝物質である核酸(DNA:デオキシリボ核酸、RNA:リボ核酸)を検出することができます。PCR検査では非常に微量しか含まれていない核酸をPCR反応によって増幅させることで、ウイルスの存在を確認します。PCR反応において、最も重要なのがDNA二重鎖を形成させる過程です。しかし、検体に含まれる生体由来の不純物の影響で反応過程における二重鎖DNAの形成が不正確だったり、あるいは不十分だったりすることがあり、このことにより偽陽性や偽陰性と呼ばれる誤った検査結果が生じることが問題となっています。そのため、溶液の環境がDNA二重鎖の形成に及ぼす影響を正しく考慮して検査することが極めて重要です。
DNAは塩基と呼ばれるアデニン、チミン、グアニン、シトシンの四種類を単位として連なった直鎖状の分子です。アデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれペア(塩基対)を組むことで2本のDNAから二重鎖が形成されます。二重鎖のできやすさは塩基対の組み合わせで決まることが知られており(図1)、その予測法も確立されていました。しかし、通常実験を行う食塩水のような溶液環境と異なり、細胞内のような生体環境は高濃度に分子で混み合った分子夾雑な溶液環境です。そのため、このような環境での二重鎖構造のできやすさを予測することはこれまで困難でした。
図1 DNA二重鎖の安定性を決定する構造的要因(左)および、その構造安定性の予測法である最近接塩基対モデル(右)
今回、杉本教授らのグループは、医薬品添加物などとしても用いられる水溶性高分子であるポリエチレングリコールを用いることで、細胞内の混み合った環境を人工的に再現しました。調整した人工環境でDNA二重鎖のできやすさを解析することで、細胞内のDNAの二重鎖のできやすさを予測することができる新しい予測法の開発に成功しました。実際に、細胞核内の核小体でのDNA二重鎖の形成しやすさを求めたところ、既存の手法より約1万倍の正確さで精度予測することに成功しました。したがって、本研究成果によりPCR検査条件が改善されることで、新型コロナウイルス等の正確な診断が期待できます。
【PNAS誌の掲載号】 PNAS誌へのリンクはこちらです。
S. Ghosh, S. Takahashi, T. Ohyama, T. Endoh, H. Tateishi-Karimata, and N. Sugimoto, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 117, 14194-14201 (2020)
本研究に関する具体的内容はこちらをご参照ください。
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