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【FIBER】気候変動時にイネの収穫量を制御する新規の小さなRNAを発見 した国際共同研究成果が米国科学振興協会 (AAAS)のScience誌の姉妹誌「Science Advance誌」に掲載されました

2022/11/24

このたび甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)の建石寿枝准教授、遠藤玉樹准教授、杉本直己所長・教授らの研究グループは、中国南京農業大学のXiaorong Fan(范晓荣)教授らの研究グループと共同で、気候変動による外気温の上昇に伴いイネの収穫量を変動させる遺伝子を特定し、さらにこの遺伝子を制御する新規の小さなRNA(small RNA1)を発見しました。この研究成果は、米国科学振興協会 (AAAS)のScience誌の姉妹誌である「Science Advance誌」(IF2= 14.957)に掲載されました(米国東部時間2022年11月23日(水)14:00掲載)。

 気候変動は作物の収穫量に悪影響を及ぼし、農業の持続可能性と食料安全保障における深刻な問題となっています。さらに、気候変動による干ばつと熱ストレスの発生は、植物の成長に関与する窒素(N)の吸収と利用効率に深刻な影響を及ぼします。特に、イネ(Oryza sativa)においては、夜間の温度が生育過程と収穫量に大きな影響を与えることが知られています。

 本研究では、まず、約400品種のイネの成長データを収集し、光照射、育成の温度条件が、イネの生長に及ぼす影響を解析しました。その結果、イネの生長は、主に夜間の温度の影響を受けることが明らかになりました。さらに、イネのゲノム解析および遺伝子の発現解析により、イネの生長に関与する遺伝子(高親和性硝酸トランスポーターOsNRT2.33)は、3つの主要な対立遺伝子4)(HTNE-1、HTNE-2、HTNE-3)をもつことが示されました。また、異なる対立遺伝子をもつイネの品種ごとに生育環境が収穫量などに及ぼす影響を解析した結果(図1A)、夜間の温度が高い場合でも、HTNE-2をもつ品種は、窒素利用効率と収穫量を低下させないことが明らかになりました(図1B)。

 夜間の温度の変化による影響をより詳細に解析するために、OsNRT2.3の遺伝子から転写されるmRNA(OsNRT2.3aおよびOsNRT2.3b)5)の転写量を解析しました。その結果、高温6)で生育されたイネはOsNRT2.3aおよびOsNRT2.3bの転写レベルが低下していることが示されました。さらに、高親和性硝酸トランスポーターOsNRT2.3のmRNAに結合する小さなRNA(sNRT2.3-1およびsNRT2.3-2)を新規に発見し、小さなRNAによって高親和性硝酸トランスポーターOsNRT2.3の発現が制御され、イネの生育に影響していることも見出しました(図2)。興味深いことに、これらの小さなRNAは、周辺の温度依存的に自身の構造を変化させ(図3)、mRNAへの結合を制御していることが示されました(図4)。また、HTNE-2の対立遺伝子をもつ品種では、sNRT2.3-1とsNRT2.3-2の存在量が少ないことも明らかになりました。これらの結果より、新規に発見した小さなRNAは、その発現量とmRNAへの結合の違いによって、高親和性硝酸トランスポーターであるOsNRT2.3の生産量とイネの成長度を制御している可能性があります。
これまで当研究所FIBERでは、核酸の構造が周辺環境によって変化することを見出し、このような構造変化が生命現象に及ぼす影響について解析をしてきました。FIBERにおける試験管内の実験において、核酸の構造は周辺の温度によって大きく変化することが明らかにされていましたが、ヒトの体温は、ほぼ一定に保たれているため、細胞内における温度変化が核酸構造に及ぼす影響については、ほとんど解析されていませんでした。本研究では、植物が外界温度の変動によって大きく生育を変化させることに注目し、植物科学を専門とする中国南京農業大学のFan教授らとFIBERが共同で、温度に依存した核酸の構造変化が、個体の生育に影響し得ることを植物(イネ)を用いて世界で初めて解析しました。これまで、小さなRNAによるタンパク質の生産制御の機構は、mRNAと小さなRNAの塩基配列に依存した親和性が重要視されてきました。一方で本研究では、小さなRNAの構造に依存した親和性の変化によってタンパク質の生産が制御されるという新しい知見が得られました。この結果は、窒素利用効率や収穫量に大きな影響を与えるOsNRT2.3の発現に対する複雑な制御機構を明らかにし、高温下でも収穫量の高いイネの育種に関して、新しい指針を与えるとして注目されます。

 本研究の共同研究者であるFan教授は、FIBERの杉本所長が研究代表を務める日本学術振興会 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))に採択された研究課題「細胞内環境で変化する非二重らせん構造の定量的機能解析と遺伝子発現制御」に参画し、共同研究を遂行しています。

先端生命工学研究所(FIBER)は、今後も生命化学分野における研究開発を通じて、科学技術の振興と研究成果を通じた社会還元に寄与してまいります。

(掲載論文)

High-temperature adaptation of an OsNRT2.3 allele is thermoregulated by small RNAs

Yong Zhang, Hisae Tateishi-Karimata, Tamaki Endoh, Qiongli Jin, Kexin Li, Xiaoru Fan, Yingjun Ma, Limin Gao, Haiyan Lu, Zhiye Wang, Art E. Cho, Xuefeng Yao, Chunming Liu, Naoki Sugimoto, Shiwei Guo, Xiangdong Fu, Qirong Shen, Guohua Xu, Luis Rafael Herrera-Estrella, Xiaorong Fan,Science Advances.,Vol 8Issue 47,23 Nov 2022

掲載論文はこちら

掲載誌:SCIENCE ADVANCESはこちら

 

図1.(A)2017年から2021年にける南京市麗水区の気温の変化を視覚的に示した図。(B)Aで示した夜間が高温の環境下において、高親和性硝酸トランスポーターであるOsNRT2.3の対立遺伝子(HTNE-1(オレンジ)、HTNE-2(水色)、およびHTNE-3(緑))をもつイネの品種ごとの乾燥重量、穀物収量、農業的窒素利用効率(ANUE)を比較した図。また、a,b,cは、それぞれの対立遺伝子の表現型の有意差を示す。

 

2. 小さなRNA であるsNRT2.3-1とsNRT2.3-2の強制発現がイネの生育に及ぼす影響


3分子動力学(MD)計算から得られた(A) 25℃および(B)32℃におけるsNRT2.3-1 (配列UGUUGGAGAUGGAG)の構造。sNRT2.3-1は、25℃では、(A)の構造を形成するが、温度を上昇させると構造を変化させ、32℃では(B)を形成する。

 

4. OsNRT2.3aおよびOsNRT2.3b mRNAと小さなRNAの結合に及ぼす実験温度の影響。OsNRT2.3aおよびOsNRT2.3b mRNA へのsNRT2.3-1またはsNRT2.3-2の結合を未変性ゲル電気泳動によって解析後、蛍光イメージャーによって撮影されたゲルの写真を示している。sNRT2.3-1とsNRT2.3-2は、蛍光色素で標識化されているため、黒いバンドは、sNRT2.3-1またはsNRT2.3-2を示す。例えば、sNRT2.3-1とOsNRT2.3b mRNAの結合では、4℃と25℃では、2つのバンドがあり、37および50℃では、1つのバンドのみ現れている(赤い矢印)。バンドの数は、sNRT2.3-1とOsNRT2.3b mRNAの結合様式の違いを示す。温度に依存して、異なる結合様式があると推察される。また、論文で詳細な解析はされていないが、mRNAは複数の構造を形成する可能性があり、mRNAの構造も温度によって変化すると考えられる。本研究結果によって、sNRT2.3-1は低温では、2つの構造のmRNAに結合できるが、高温では1つの構造のmRNAにしか結合できないことが示唆された。

 

用語説明

1)小さなRNA (Small RNA)
小さなRNAまたは小分子RNAとよばれ、標的の遺伝子から転写されるRNAに結合し、産生されるタンパク質の量を制御する役割をもつ。原核生物から高等真核生物に至るまで、ほとんどの生物において小さなRNAの存在が確認されている。

2)インパクトファクター(IF)
Journal Citation Reports(JCR)が毎年提供する自然科学・社会科学分野の学術雑誌(ジャーナル)の影響度を表す指標の一つ。値が高いほど影響度が高いことを示す。

3)硝酸トランスポーターOsNRT2.3
窒素は植物の多量必須元素であり、土壌中の窒素栄養量が植物の生育や生産性を制御している。イネは、窒素源として、水田の硝酸を吸収する。硝酸トランスポーターOsNRT2.3は、イネの硝酸の吸収に関わり、イネの生育に関与する重要な遺伝子である。

4)対立遺伝子(アレル)
相同な遺伝子座を占める遺伝子に複数の種類がある場合に、その個々の遺伝子のことを対立遺伝子という。SNPのような1つの塩基の変異にも用いられる。

5)OsNRT2.3遺伝子からの転写
OsNRT2.3から転写されるmRNAは、OsNRT2.3aおよびOsNRT2.3bとよばれる2つのタイプがある。

6)イネの生育温度
夏場の葉の温度は、夜間で25℃~30℃、昼間で30℃~40℃に達することが知られている。本研究では、夜間でも気温が30℃以下にならない状態を高温環境とし、32℃の生育温度でイネを栽培した。