リサーチトピック
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【FIBER】先端生命工学研究所による新型コロナウイルスの複製を担うタンパク質を抑制するRNAに関する論文が英国王立化学会「Chemical Communications誌」に掲載され、掲載号の中表紙(Inside Front Cover)に選出されました
2023/02/14
この度、甲南大学先端生命工学研究所(FIBER)の遠藤玉樹准教授、高橋俊太郎准教授、杉本直己所長・教授らの研究グループは、ヒトの細胞中に存在するRNAの中から、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の複製を担うタンパク質(RNA-dependent RNA polymerase (RdRp))の働きを抑えるRNAを発見しました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウイルスであるSARS-CoV-2の感染が拡大し始めてから3年以上経過しますが、未だに世界的な感染拡大はおさまっていません。また、COVID-19に限らず、人類が未知のウイルス感染症によって健康被害や経済損失を受ける危険性は常に存在しています。mRNAワクチンを始めとしたワクチンの開発は、ウイルスの感染と感染症の発症を予防するための強力な手段となります。しかしながら、未知なるウイルスに対して効果的なワクチンを開発するには時間と労力を要します。また、ウイルスの変異によるワクチン効果の低下も起こり得ます。そのため、ワクチンが開発されるまでの対応、あるいはワクチン開発後も、ウイルス感染症の重篤化を抑えるための手段として、ウイルスの増殖を抑制できる薬剤を開発することが望まれます。
FIBERでは、核酸分子であるDNAやRNAが形成する特徴的な構造や機能を物理化学的に解析する研究を進めてきました。特にDNAから転写反応を経て合成されるRNAは、独特の立体構造を形成することで様々な機能を発揮できます。そのうちの1つとして、タンパク質などの特定の分子を認識して特異的に結合する機能が知られています。FIBERの研究グループは、SARS-CoV-2のRdRpに、ウイルス自身のRNAよりも強く結合できるRNAを獲得できれば、ウイルスの複製を抑制できるのではないかと仮説を立てました。そして、獲得したRNAを薬剤開発に展開することを念頭に、もともとヒトの中に存在するRNAからRdRpの働きを抑制できるRNAを獲得することを目指しました。
FIBERでは、RNAキャプチャー微粒子群(R-CAMPs)と呼ばれる、個別の配列を持つRNAが固定化された何百万種類もの微粒子を作製する技術を構築してきました。また、このR-CAMPsを用いて、ヒトの細胞に存在するRNAの中から、特定の分子に結合するRNAを選別する技術の開発にも成功しています(過去記事1)。この度の研究では、SARS-CoV-2が感染すると重症化を引き起こす可能性のある肺組織に由来する細胞株から精製したRNAを基にR-CAMPsを調整しました。そして、R-CAMPsと蛍光分子で標識したSARS-CoV-2のRdRpを混合し、RdRpとRNAとの結合により強い蛍光シグナルを示している微粒子を選別、回収しました。その結果として、RdRpによるRNAの合成反応を抑制できるRNAを複数種類獲得することに成功しました。興味深いことに、獲得したRNAは四重らせん構造と呼ばれる特殊な立体構造を形成することで、RNAの合成反応を抑制できることが明らかとなりました。また、最も抑制効果が高かったRNAは、ラミニンと呼ばれる細胞外マトリクスを構成するタンパク質の遺伝子(複数の遺伝子のうちの1つ)から転写されるメッセンジャーRNA(mRNA)のイントロンに存在していることが分かりました。
イントロンは、mRNAの一次転写産物が合成された後に切り出される領域であり、ノンコーディングで不要な領域であると考えられてきました。しかしながら近年、ヒトの遺伝情報に多量に存在するノンコーディングなRNA領域に、何かしらの生物学的な意味合いがあるのではなかと注目が集まりつつあります。今回の研究成果により、これまで不要と思われていたノンコーディングなRNA領域が、新型コロナウイルスの複製を抑制できる可能性を有していることが示されました。また、もともとヒトの中に存在するRNAであり、このRNAを基に抗ウイルス効果を示す核酸医薬品の研究開発への展開が期待されます。本研究成果は、RNAを基にした薬剤開発への展開が期待される成果として、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行するChemical Communications誌に掲載され、掲載号の中表紙に採択されました。
【掲載論文】
Endogenous G-quadruplex-forming RNAs inhibit the activity of SARS-CoV-2 RNA polymerase
Tamaki Endoh, Shuntaro Takahashi, and Naoki Sugimoto
Chem. Commun., 59, 872-875 (2023)
【中表紙】
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 22H04975(基盤研究(S)、研究代表者:杉本直己)、21H05108(学術変革領域研究(B)、研究代表者:遠藤玉樹)、18KK0164(国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))、研究代表者:杉本直己)、JSPS研究拠点形成事業JPJSCCA20220005(研究代表者:杉本直己)、甲南学園平生太郎基金科学研究奨励助成金(研究代表者:杉本直己)、伊藤忠兵衛基金(研究代表者:杉本直己)、木下基礎科学研究基金助成(研究代表者:遠藤玉樹)の支援を受けました。
先端生命工学研究所(FIBER)は、今後も生命化学分野における研究開発を通じて、科学技術の振興と研究成果を通じた社会還元に寄与してまいります。